では、世界が本当に直面している変化や問題とは何なのか。本書はそれを「爆発的人口増加」と、米国で巻き起こったニュー・エコノミー論の概念をより拡大した「ニュー・ワールド・エコノミー」の2つの力から説明する。さらに、その2つが、今後20年以内に解決を迫られる20の問題を生むという。地球温暖化や水不足などの「地球の共有」の問題、貧困やテロ、デジタル・デバイドなどの「人間らしさの共有」の問題、バイオテクノロジーや金融、貿易などの「ルールの共有」の問題である。
21世紀の世界の懸案が、ここで見事に整理される。肝心の国連やG7、WTOなどの機関はというと、「階層性」や「国民国家の古臭い領土本能」、「政府と産業界と市民社会の間に引かれた人工的な境界」のために機能しないというから、危機の根深さが実感できるだろう。本書はそこで、解決策として「ネットワーク型統治」と「地球規模問題ネットワーク」を提唱する。これは地球規模の問題なのに各国の利害をぶつけ合う、いわば「共有地のジレンマ」にある世界への具体的な解決策として、興味深い提案といえよう。
著者は世界銀行の副総裁である。その立場から、こうした大胆で柔軟な構想が示されるのは驚きだ。日本の諸問題にも置き換えて読むことのできる1冊である。(棚上 勉)
著者は、哲学に欠かせない推論や観察、論理などは、考えるためのいくつかの技術にすぎず、問題解決のもとに取捨選択してうまくつなげることこそ重要であると語りかける。融通無碍(ゆうずうむげ)に足場を変え軽やかに踊るように、新しい風景と出あいながら一歩を踏み出すこと。絶えずチューニングして過敏な楽器のような状態で、自分の心にひびく「あ、そうか!(ヘウレーカ)」という神の声に耳を澄ますこと。「考える」という営為を、哲学や論理学の領域にとどめることなく、人や物事の新たな関係、新たな意味を生みだすプリミティブな力として大切にするよう促している。
読み終えて、「ヘウレーカ!(わかった)」とアルキメデスのように叫ぶわけにはいかないだろうが、情報の演算処理に追われがちな大人の思考回路を、一瞬リセットしてくれるかもしれない。(土肥 菜)
まず、著者は、自らひきこもりであったことを認めてしまう。それから、自分の少年期の経験に照らし合わせてみて、不登校の子供たちは異常なのではなく、教室に流れる「偽の厳粛さ」を見抜くほど、鋭い感覚の持ち主なのではないのかと思い当たる。
そんなふうに心の内側から光を当ててみると、大人が家にひとりでこもることもあながち悪いことではなくなってくる。コミュニケーション能力ばかりが重要視されすぎているせわしない現代社会で、「分断されない、ひとまとまりの時間」を自分のために持つには、いい機会ですらある。なぜなら「世の中の職業の大部分は、一度はひきこもって技術や知識を身につけないと一人前になれない種類のもの」ばかりだからだ。
随分とさっぱりした結論で、もの足りなくも思えるが、これが吉本流の切り口なのだろう。誰もが考えそうな当たり前のことを、的確に言語化するという凄みがここにはある。団塊の世代に圧倒的な支持を受け、それ以降の世代に吉本アレルギーさえ起こさせた独特の語りが、本書でも十分に味わえる。(金子 遊)